2012年4月10日火曜日

ペーパーライセンスボクサーの司法試験日記


企業の起こした事故における監督過失責任

 

JR西前社長無罪

岡田裁判長は「事故が発生する危険性を容易に認識できたとは認められない」「当時、ATSの整備を義務づける法令は存在しなかった」として、山崎前社長を無罪とした。

(産経新聞のWEBページより)

 

 

 

ある日、自分の所属する会社が事故を起こし、

自分が何か特別悪いことをした自覚はないが、

「あなたには監督義務があったのにそれを怠った過失がある」

と言われ刑事訴追をされることがありうる。

 

普通は社長みたいな偉い人がそうなるものだけど、

場合によっては、単なる従業員でも現場責任者として、

そういう立場に立たされるかもしれない。

 

実際、デパート火災の事件で、

フロア責任者みたいな人が訴追され、

無罪になった例と有罪になった例がある。

(下記の参考判例参照)

 

 

自分の認識外のことで訴追されるのは怖いことだが、

ある程度は誰の身にも起きうることだ。

「こんな大事故なんだから責任をとるのが当然」

という考えが危険であることは確かだろう。

 

判決が指摘したと報道される通り、

その企業の体質や構造に、

人が死傷する危険のある問題があったことと、

個人の刑事責任とは分けて考えるべきというのも正論だ。

 

 

ただ、企業や構造を作り出すのは個々の人間である。

 

危険性が雰囲気や空気で作られたとき、

伝統的にそういう流れになっていたに過ぎない、として、

個々人の法的な責任を明確にしないことは許されるか。

 

それでは、当該被告人たちや社会全体の

再発防止の動機づけが弱くなってしまう面はないのか。

 

大きな被害を出した事故に対して、

個人の責任、とりわけ刑事責任をどう線引きして行くか、

むつかしいが、とても大事な問題だと思う。

 

 

 

報道によれば、今回の地裁判決では、

(1)事故現場付近で事故が起きる予見可能性はなかった

(2)事故を防ぎうる装置設置による結果回避義務もなかった

として鉄道会社社長を無罪にしたという。

 

 

 

とりあえず感じるのは次の2点だろうか。

 

 

 

2−1 予見可能性について。

 

2−1−1

「事故現場であるカーブで速度超過が生じる蓋然性」

といったものの認定を重視したようだ。

 

つまり、今回の脱線事故という具体的な事故が起きるかどうか、

その予見可能性を問題にしたと考えられる。

 

営業している路線のどこかで、

何らかの事故が起きる可能性があり、

それが起きれば人がたくさん死傷しうる、

といった抽象的な予見可能性ではなく、

予見すべき内容を相当具体化しているといえる。

 

 

2−1−2

たしかに、やたら抽象的な予見義務を課し、

それを前提に結果回避義務を課され、

結果が生じてしまったら過失犯ですよ、

というのではたまったものではない場合も多いだろう。

 

たとえば、自動車を運転しようと運転席に座った瞬間に、

「もしかしたら交通事故を起こすかもしれない」

と予見できるのだから、実際に起こした事故に過失あり、

なんて理屈をつけるのでは、

「責任主義」すなわち故意または過失がなければ刑罰なし、

というルールに何の意味もないことになってしまう。

 

 

2−1−3

しかし、予見の対象を、

今回たまたま事故が起こったカーブでの速度、

といったものにまで狭くすることは妥当だろうか。

 

現場の運転員の行為がいつ危険なものになるか、

なんてことまで、

社長のように会社全体を統括する責任者が、

いちいち予見しないのはある意味当然のことではないか。

それでは監督過失責任を狭くし過ぎるように思える。

 

 

鉄道事業では、

何トンじゃきかないだけの重量を持つ物質を、

場合によっては時速が3ケタ劼砲覆觜眤で運動させる。

 

それだけで見れば

「自動車に乗るなら事故の危険あり」

と同レベルの話にもなりかねない。

 

ただ、自動車が基本的に公道を走るのと違い、

コースはすべて自社が管理するレールの上だ。

予見義務の対象も、

自社鉄道が走るレール環境に生じうる危険、

といったところくらいまでは具体性を緩めるべきではないか。

 

 

2−1−4

とくに、今回の事件では、

鉄道運航の過密スケジュールが、

カーブに入っても速度を緩めなかった原因になった、

と考えられている。

 

キツキツのスケジュールを運転員に強要し、

しかもその不履行に厳罰を用意していたというのだから、

どこかでひずみが爆発する危険があったといえる。

 

しかし、その問題点は、

刑罰を決定する要素としては、

必ずしも重視されなかったようだ。

 

報道記事を読む限りだが、

その点をスルーして無罪の結論となっているように思える。

 

 

被害者や社会が問題にしているポイントが、

ズレてしまっているのではないか。

 

法的議論(犯罪の構成要件該当性)が

社会的な問題点とズレるのは当然といってよいか。

 

僕は問題があると思う。

 

 

2−1−5

ちなみに、ホテルニュージャパン火災の事件では、

スプリンクラーを設置しろと消防署から散々指導されていたのに、

とくに理由なくそれを放置していた社長が、

予見義務違反があるとして業務上過失致死の有罪となった。

 

「実際に何がされていないか」を正確に認識していたなら、

結果予見義務違反を肯定することには問題は少ないだろう。

 

ただ、「認識があれば過失を認めうる」という命題は、

「認識がないなら過失を求められない」という命題を、

少なくとも論理必然には導かない。

 

当人に認識がなくとも、

認識可能性があり、かつ認識すべき義務、

つまり何らかの調査をする義務があったなら、

その義務違反は過失になりうるとすることも可能だ。

 

具体的な事故現場であるカーブのことは知らなくても、

そういう種類の危険があり得る場所がないか、

それを常に詳しく調査していく義務が、

鉄道事業者にはあると考えることは、

それほど不自然な考えだろうか。

 

 

2−1−6

一応、ホテル事業をしていれば、

不特定多数の人間が客室を利用するから、

常に火災の危険があるのだ、

そのような場屋営業で火災が起きれば、

多数者の生命身体に危険が発生するのだ、

とはいえる。

 

ニュージャパン火災事件の刑事責任を裁いた最高裁判決は、

その点を指摘して、

ホテルの社長には高度な予見義務があったことを指摘した。

 

同判決では、その高度な予見義務であっても、

事態に対するそれなりに詳細な認識があって、

はじめて監督過失の処罰を認めた、

との分析も不可能とはいえない。

 

 

ただ、ビルに火災は不可避とはいっても、

少なくとも日常感覚では、

ホテル事業イコール火災とまではならないだろう。

当然、火災には注意してほしいとは思っても、

ホテルを経営していれば必ず火災が起きる、

とまでの結びつきはない。

第三者の過失が介在しなければ危険は生じないのだから。

 

それに対して、上記のように、

巨大な鉄の塊を高速で移動させる行為には、

それそのものが危険なものと評価する余地がある。

 

事故になるには一定の故意過失行為が介在するとしても、

そこでいう過失は、

「危険を減らす努力をしなかった」

「危険を顧みず行為した」

というものだ。

 

あえて積極的に火を持ち込む結果である火災よりも、

危険への距離は近いと考えることも可能となっている。

 

ホテル火災における過失の認定よりも、

鉄道事業における過失の認定の方が、

結果予見義務の対象の具体性を緩める理由が、

ないとはいえないと考える。

 

 

2−1−7

「認識があったのに放置すれば過失責任あり」という命題から、

「認識がないなら過失責任は問わない」とするのであれば、

 

ある意味では、

 

危機管理をいい加減にしていた方が、

過失責任の問われないで済む、

 

といった結果をもたらしかねない。

 

どんな危険も、

「知らない知らない、聞こえない聞こえないアーアーアー」

と目をつぶっていればいいことになりうるからだ。

 

今回の裁判では、

事故現場付近の危険性の認識の有無が

争点になってしまったらしい。

僕にはそのことに一定の違和感がある。

 

 

2−1−8

線路の中に危険な場所があるのに、

それを知らずに過密高速運転していたこと、

それは一般人にとって大変な恐怖であって、

そのことが個人責任と本当に切り離せるのか、

問題があるように思う。

 

 

 

2−2 結果回避義務について。

 

2−2−1

事故現場のカーブに

自動列車停止装置(ATS)なるものを設置していれば、

運転員がカーブへの進入速度を誤っても、

事故には至らなかったといえるらしい。

 

その不作為が業務上過失致死罪を成立させる要件の一である、

因果関係の存在を満たすものとして訴追されたと。

 

 

つまり、因果関係要件との重なりがありつつ、

結果回避義務を果たさなかった過失があるかという問題だ。

 

 

過失があったというためには、一般的には、

結果の予見可能性(予見義務)の存在に加え、

 

結果を回避することが可能であり、容易であり、

回避することが法的に義務付けられる、

という要件の充足が必要だとされている。

 

 

2−2−2

結果回避の容易性については、

そういう装置は安いものではないだろうし、

簡単につけられる、とはいえないかもしれない。

 

あくまで企業規模や業務の性質などと考え合わせて、

その費用の法的な捻出義務の有無を総合的に判断すべきだろう。

 

ただ、人の命を預かるという性質を強調するなら、

そのための費用捻出義務は認められやすくなるべきとは感じる。

 

 

2−2−3

結果回避の可能性については、

「装置をつけていれば」という点が問題になった本件では、

とくに問題になっていないと考えられる。

 

ただ、私見のように、

過密ダイヤや危険個所の調査不足に過失を求めるなら、

その発見可能性が一応問題になるか。

 

 

なお、客観的な回避可能性とは異なるけれど、

実際問題として装置設置などの対処をするためには、

危険性の認識が先行する。

その観点では2−1の予見可能性の問題に帰着する。

 

とりあえず、地裁判決は予見可能性がないことを、

設置義務がないことの根拠の中心に置いているようだ。

しかし、上に書いたような調査義務まで導くなら、

その根拠は妥当しないといえるだろう。

 

 

2−2−4

そして、肝心の結果回避義務の存否について、

この判決は、

当時の鉄道事業の関連法規に、

そのような装置の設置を義務付ける規定はなかった、

ということを主要な根拠として、

当該装置による結果回避は(少なくとも社長個人には)

法的には義務付けられないとしたようだ。

 

 

2−2−4−1

たしかに、直接義務付ける法令の有無は、

その義務の有無の判断に重要な基準とはなるだろう。

 

ホテルニュージャパン事件でも、

スプリンクラー等の防火設備の設置が

消防法上の義務であったことが、

その不設置による結果回避義務違反を導く根拠になっている。

 

ただ、法令があればその義務違反を肯定しやすいとしても、

明文規定がなければ義務はないとすることは、

やはり論理的に導かれない。

 

 

2−2−4−2

実際、上で少し触れた、

デパートの売り場責任者が火災の被害を拡大したとして、

業務上過失致死罪などに問われた判例などでは、

 

それらの被告人の肩書と、

消防法上の義務とを形式的に適用するのではなく、

それらの被告人が実際にどういう関与をしていたか、

実体に照らして詳細に認定していると読める。

 

郊外を走る鉄道の運行と、

過密な都市部を間断なく走る鉄道の運行とでは、

果たすべき注意義務に差が出るべきであって、

鉄道法の一般的な定めだけではなく、

より実質的に義務の有無を認定すべきだろう。

 

 

2−2−4−3 


"時私は看護の雌犬を入浴することができます"

採用すれば大幅に事故を減らせる装置があるなら、

鉄道事業の専門家として、

立法者よりも先にその採用を検討する、

そういう義務があると考えることはそれほど非常識か。

 

とりあえず、一鉄道利用者である僕は、

その程度の安全管理の意欲を持ってほしいと願っている。

 

 

 

監督過失のリーディングケースである森永ヒ素ミルク事件では、

およそ化学物質を使うなら、

そこに毒性ある物質が含まれないか不安に感じるべきである、

それを怠れば過失があるのだ、

というに等しい判示をして、

一定の責任者を有罪とした。

 

それに対しては、とりあえず刑法学者の中では反対が強い。

 

その判決で、

もしかしたら幼い頃の自分が被害から救われたかもしれず、

将来のわが子を守ることになるかもしれない僕でも、

その理屈はさすがに酷ではないかと感じる。

 

 

ただ、鉄道事故は、

ミルクの成分にヒ素が入るよりは、

容易に想像できることではある。

 

今回の事件は、

森永事件ほどの結果責任主義に立たなくても、

有罪を導く余地があると考えている。

 

 

検察側の上訴はあるんだろうか。

 

 

明確に経済界寄りの産経新聞は、

上記のリンク先で、

「判決は妥当」とする主張をしている。

鉄道のような資本主義経済を支える産業に従事する者には、

「許された危険」の論理が妥当するという発想が見え隠れする。

 

朝日新聞などは遺族側の記事を中心に扱い、

責任追及の方に肯定的に思えるが、

一般的には訴追に障害が大きいのかもしれない。

 

 

 

 

<参考判例たち>

(適当に貼り付け:読みやすいよう省略変更一部あり)

 

 

業務上過失致死傷被告事件

<平成五年一一月二五日第二小法廷決定>

所論にかんがみ、被告人の過失の有無について検討する。

一 本件事案の概要

1 原判決の認定する本件の事実関係は、次のとおりである。

(一) ホテル・ニュージャパン(本件ホテル)の建物は、いわゆるY字三差型の複雑な基本構造を有する鉄骨鉄筋コンクリート造り陸屋根、地下二階、地上一〇階、塔屋四階建の建物(延べ床面積約四万五八七六平方メートル)のうち、九階の藤山邸を除く部分(本件建物)であり、本件火災当時の客室数は四階から一〇階までを中心に約四二〇室、宿泊定員は約七八二名であった。

(二) 被告人は、本件建物を所有して本件ホテルを経営していた株式会社ホテルニュージャパンの代表取締役社長として、本件ホテルの経営、管理事務を統括する地位にあり、従業員らを指揮監督し、防火、消防関係を含む本件建物の改修、諸設備の設置及び維持管理並びに従業員の配置、組織及び管理等の業務についてもこれを統括掌理する権限及び職責を有していた者で、消防法上の防火対象物である本件建物に関する同法の「関係者」及び「管理について権原を有する者」でもあった。

 また、支配人兼総務部長幡野が、本件ホテルの業務全般にわたって、被告人及び副社長横井の下で従業員らの指揮監督に当たるとともに、消防法の防火管理者に選任されて、本件建物について同所定の防火管理業務に従事していた。

(三) 消防法により、本件建物については、昭和五四年三月までに地下二階電気室等を除くほぼ全館にスプリンクラー設備を設置すべきものとされ、一定の防火区画(代替防火区画)を設けることによってこれに代えることもできることとなっていた(必要な工事を「そ及工事」という)が、本件火災当時、主として客室、貸事務所として利用されていた四階から一〇階までの部分については、スプリンクラー設備は設置されておらず、四階及び七階に代替防火区画が設けられていただけで、右各階を除き、客室及び廊下の壁面及び天井にはベニヤ板や可燃性のクロスが使用され、大半の客室出入口扉は木製であったほか、隣室との境が一部木製板等で仕切られ、客室、廊下、パイプシャフトスペース等の区画及び既設の防火区画に� ��、ブロック積み不完全、配管部分の埋め戻し不完全等による大小多数の貫通孔があった。加えて、防火戸及び非常放送設備については、被告人が少額の支出に至るまで社長決裁を要求し、極端な支出削減方針を採っていたことなどから、専門業者による定期点検、整備、不良箇所の改修がされなかったため、防火戸は火災時に自動的に閉鎖しないものが多く、非常放送設備も故障等により一部使用不能の状態にあり、また、従業員の大幅な削減や配置転換を行ったにもかかわらず、これに即応した消防計画の変更、自衛消防隊の編成替えが行われず、被告人の社長就任後は、消防当局の再三の指摘により昭和五六年一〇月に形式的な訓練を行った以外は、消火、通報及び避難の訓練(以下「消防訓練」という。)も全く行われていなかっ� �。

(四) 消防当局においては、ほぼ半年に一回立入検査を実施し、その都度、幡野らに対し、そ及工事未了、防火戸機能不良、パイプシャフトスペースや防火区画の配管貫通部周囲の埋め戻し不完全、感知器の感知障害、消防計画未修正、自衛消防隊編成の現状不適合、消防訓練の不十分ないし不実施、従業員への教育訓練不適等を指摘して、それらの改修、改善を求めていたほか、昭和五四年七月以降は、毎月のようにそ及工事の促進を指導していたが、被告人は、社長就任当時から本件建物についてそ及工事が完了していないことを認識していたほか、立入検査結果通知書の交付を含む消防当局の指導や幡野の報告等によって、右のように本件建物に防火用・消防用設備の不備その他の防火管理上の問題点が数多く存在することを� ��分に認識していたにもかかわらず、営利の追求を重視するあまり、防火管理には消極的な姿勢に終始し、資金的にもその実施が十分可能であったそ及工事を行わなかった上、前記のような防火管理体制の不備を放置していた。

(五) このような状態の中で、昭和五七年二月八日午前三時一六、七分ころ、九階九三八号室の宿泊客のたばこの不始末により同室ベッドから出火し、駆けつけた当直従業員が消火器を噴射したことによりベッド表層ではいったん火災が消失したが、約一分後に再燃し、同室ドアが開放されていたため火勢が拡大して、同三時二四分ないし二六分ころには、同室及びその前面の廊下でフラッシュオーバー現象が起こり、以後、フラッシュオーバー現象を繰り返しながら、九、一〇階の大部分の範囲にわたり、廊下、天井裏、客室壁面及びパイプシャフトスペースのすき間等を通じて、火煙が急速に伝走して延焼が拡大した。右出火は当直従業員らによって早期に発見されたが、当直従業員らは、自衛消防組織として編成されておらず� ��加えて、消防訓練等が不十分で、責任者も含めて火災発生時の心構えや対応措置をほとんど身につけていなかったため、組織的な対応ができなかった上、各個人の対応としても、初期消火活動や出火階、直上階での火事触れ、避難誘導等をほとんど行うことができず、非常ベルの鳴動操作、防火戸の閉鎖に思いつく者もなく、一一九番通報も大幅に遅れるなど、本件火災の拡大防止、被災者の救出のための効果的な行動を取ることができなかった。そのため、就寝中などの理由で逃げ遅れた九、一〇階を中心とする宿泊客らは、激しい火災や多量の煙を浴び若しくは吸引し、又は窓等から階下へ転落し若しくは飛び降りるなどのやむなきに至り、その結果、うち三二名が火傷、一酸化炭素中毒、頭蓋骨骨折等により死亡し、二四名が全治� �三日間ないし全治不明の火傷、気道熱傷、骨折等の傷害を負った。

2(一) 原判決は、更に、本件結果回避の蓋然性について次のとおり判示する。

 本件建物にスプリンクラー設備が消防法令上の基準に従って設置されていれば、九三八号室で出火した炎が同室天井に沿って伝ぱし始めたころには、スプリンクラーが作動してその火を鎮圧し、特段の事情がない限り同室以外の区域に火災が拡大することはなかったものと認められる。また、代替防火区画が設置されていた場合には、九、一〇階客室は、一〇〇平方メートル以内ごとに耐火構造の壁、床又は防火戸で区画されて、出火室を含む三室程度が耐火構造で囲まれ、廊下との区画やパイプシャフトスペース、配管引込み部等の埋め戻しも完全にされるとともに、各室出入口扉は自動閉鎖式甲種防火戸(ドアチェック付鉄扉等)とされることとなり、廊下は、四〇〇平方メートル以内ごとに同様の耐火構造の壁等で区画される� ��ともに、その内装には難燃措置が施され、区画部分には煙感知器連動式甲種防火戸が設置されることとなるので、九三八号室の火が、廊下を通じて、同室と同一防火区画を形成することになると認められる九四〇号室及び九四二号室に延焼する事態は起こり得ず、廊下を通じないで右両室に早期に延焼する蓋然性も低く、右両室に延焼した後もその火は当該防火区画内に閉じ込められ、本件において発生したような累次のフラッシュオーバー現象も生じないから、これらに基づくパイプシャフトスペースを通じての火炎の伝走による他階への延焼はなかったし、避難を全く困難にするような濃度の煙が廊下に流出することもなかったと認められるほか、窓からの火炎の吹き上げによる一〇階への延焼には相当時間を要し、一〇階に延焼し� �場合においても同階の代替防火区画が効果を発揮したと考えられる。そして、右スプリンクラー設備又は代替防火区画の設置に加えて、防火用・消防用設備等の点検、維持管理が適切に行われ、消防計画が作成され、これが従業員らに周知徹底されるとともに、右消防計画に基づく消防訓練が十分に行われていれば、従業員らによる適切な初期消火活動や宿泊客らに対する通報、避難誘導等の措置が容易となり、本件死傷の結果の発生を避けることができた蓋然性が高い。

(二) 右判示は、その推論の前提及び過程に不自然、不合理な点はなく、これを是認することができる。

二 被告人の過失の有無

 そこで検討するに、被告人は、代表取締役社長として、本件ホテルの経営、管理事務を統括する地位にあり、その実質的権限を有していたのであるから、多数人を収容する本件建物の火災の発生を防止し、火災による被害を軽減するための防火管理上の注意義務を負っていたものであることは明らかであり、ニュージャパンにおいては、消防法八条一項の防火管理者であり、支配人兼総部部長の職にあった幡野に同条項所定の防火管理業務を行わせることとしていたから、同人の権限に属さない措置については被告人自らこれを行うとともに、右防火管理業務については幡野において適切にこれを遂行するよう同人を指揮監督すべき立場にあったというべきである。そして、昼夜を問わず不特定多数の人に宿泊等の利便を提供するホ� ��ルにおいては火災発生の危険を常にはらんでいる上、被告人は、昭和五四年五月代表取締役社長に就任した当時から本件建物の九、一〇階等にはスプリンクラー設備も代替防火区画も設置されていないことを認識しており、また、本件火災の相当以前から、既存の防火区画が不完全である上、防火管理者である幡野が行うべき消防計画の作成、これに基づく消防訓練、防火用・消防用設備等の点検、維持管理その他の防火防災対策も不備であることを認識していたのであるから、自ら又は幡野を指揮してこれらの防火管理体制の不備を解消しない限り、いったん火災が起これば、発見の遅れや従業員らによる初期消火の失敗等により本格的な火災に発展し、従業員らにおいて適切な通報や避難誘導を行うことができないまま、建物の構造� �避難経路等に不案内の宿泊客らに死傷の危険の及ぶおそれがあることを容易に予見できたことが明らかである。したがって、被告人は、本件ホテル内から出火した場合、早期にこれを消火し、又は火災の拡大を防止するとともに宿泊客らに対する適切な通報、避難誘導等を行うことにより、宿泊客らの死傷の結果を回避するため、消防法令上の基準に従って本件建物の九階及び一〇階にスプリンクラー設備又は代替防火区画を設置するとともに、防火管理者である幡野を指揮監督して、消防計画を作成させて、従業員らにこれを周知徹底させ、これに基づく消防訓練及び防火用・消防用設備等の点検、維持管理等を行わせるなどして、あらかじめ防火管理体制を確立しておくべき義務を負っていたというべきである。そして、被告人がこれ らの措置を採ることを困難にさせる事情はなかったのであるから、被告人において右義務を怠らなければ、これらの措置があいまって、本件火災による宿泊客らの死傷の結果を回避することができたということができる。

 以上によれば、右義務を怠りこれらの措置を講じなかった被告人に、本件火災による宿泊客らの死傷の結果について過失があることは明らかであり、被告人に対し業務上過失致死傷罪の成立を認めた原判断は、正当である。

業務上過失致死傷被告事件

<平成三年一一月一四日第一小法廷判決>

 所論にかんがみ、職権により検討すると、本件火災事故につき被告人三名に過失があるとして業務上過失致死傷罪の成立を認めた原判決は、以下の理由により破棄を免れない。

一 本件事件の概要

本件事件の概要は、原判決の認定によると、次のとおりである。

(1)株式会社太洋が経営していた大洋デパート本店店舗本館は、鉄筋コンクリート造り、地下一階、地上七階、一部九階、塔屋四階の建物(床面積は合計一万九〇七四平方メートル)であり、本件火災当時、店舗本館北側に他の会社との共同ビルを建設するための増築工事と店舗本館の改築工事が行われていた。


疥癬は何ですか?

(2)太洋においては、消防法令により、防火管理者を定めて店舗本館について消防計画を作成し、これに基づく消火、通報及び避難の訓練を実施し、その他防火管理上必要な業務を行うことを義務付けられ、右の各訓練は定期的に行い、避難訓練については年二回実施することが求められていたが、熊本市消防局から再三にわたり指摘を受けていたにもかかわらず、消防計画は作成されておらず、従業員に対する消火、通報及び避難の訓練が実施されたこともなかった。また、警報設備、避難設備等の消防用設備については、前記増改築工事に伴って店舗本館北側の非常階段が撤去されたが、これに代わる避難階段は設置されておらず、消防法令により設置が義務付けられていた非常警報設備、避難器具等も設置されていなかった。< /p>

(3)以上の状況の下で、昭和四八年一一月二九日午後一時一〇分ころ以後に、営業中の店舗本館南西隅にあるC号階段の二階から三階への上がり口付近において原因不明の火災が発生し、火炎はC号階段に切れ目なく積み重ねてあった寝具などの入ったダンボール箱を次々と焼いて三階店内に侵入し、更に三階から八階までの各階に燃え広がってそれらの階をほぼ全焼し、午後九時一九分ころ鎮火した。

(4)本件火災に際して、在館者に対し、従業員らによる火災の通報が全くされず、避難誘導もほとんど行われなかったため、多数の者が逃げ場を失い、あるいは店舗本館からの無理な脱出を余儀なくされるなどし、その結果、一酸化炭素中毒、避難中の転倒、窓から脱出した際の転落等により、従業員、客及び工事関係者一〇四名が死亡し、六七名が傷害を負った。

(5)本件当時、被告人山内は、太洋の取締役人事部長であり、被告人酒井は、店舗本館三階の売場課長(同社営業部第三課長)であり、被告人園田は、同社営繕部営繕課の課員であって、同被告人を店舗本館の防火管理者とする太洋の代表取締役社長山口(本件につき被告人らと共に業務上過失致死傷罪で起訴されたが、第一審の公判審理前に死亡)名義の選任届が昭和四七年一二月一五日付けで熊本市消防長あてに提出されていた。

二 被告人山内の過失の有無

1 公訴事実は、山口社長は、防火対象物である店舗本館の消防法に定める管理について権原を有する者(管理権原者)であり、同法に定める関係者であるところ、被告人山内は、太洋の取締役人事部長として、同社の従業員らの安全及び教育に関する事務を所管していた人事部を統括し、かつ、山口社長を補佐して、店舗本館の防火管理者である被告人園田を指揮監督し、若しくは自ら店舗本館について消防計画を作成し、同計画に基づく消火、通報及び避難の訓練を実施すべき注意義務があるのに、これを怠った過失がある、としている。

2 第一審判決は、消防計画を作成し、これに基づく消火等の訓練を実施する責務は防火管理者にあり、企業組織における取締役人事部長であるというだけで直ちに右の責務が生じるものではないところ、被告人山内は、管理権原者であった山口社長から形式的にも実質的にも防火管理者に選任されたことはなく、同社長から店舗本館の維持、管理について委任を受けたこともなく、さらに、太洋の人事部の所管業務の中に防火管理に関する業務は含まれておらず、実質的に防火管理業務に従事していたとも認められないとし、結局、同被告人は公訴事実にいうような注意義務を負う立場になかった旨を判示し、同被告人に過失はないとした。

3 これに対し、原判決は、店舗本館の管理権原者である山口社長が前記一の(2)のとおり防火管理を怠り、店舗本館を危険な状態に放置していたところ、被告人山内は、山口社長から店舗本館の管理権原について委任を受けていたとは認められないが、太洋の取締役会の構成員の一員として、同社が従業員、客及び工事関係者に対して負う安全配慮義務あるいは安全確保義務としての消防計画の作成、同計画に基づく従業員に対する消火、通報及び避難誘導の訓練の実施等に関与すべき立場にあり、実際にも社内の防火管理につき関心をもって被告人園田に助言や指導をしていたものであるから、取締役会において積極的に問題点を指摘して決議を促し、あるいは山口社長に直接意見を具申して同社長の統括的な義務履行を促すこ� ��により、消防計画の作成等をすべき注意義務があるのに、これを怠った過失により本件死傷の結果を招来した旨を判示し、業務上過失致死傷罪が成立するとした。

4 そこで検討するのに、原判決が被告人山内に太洋の取締役会の構成員の一員として取締役会の決議を促して消防計画の作成等をすべき注意義務があるとしたのは、是認することができない。

 多数人を収容する建物の火災を防止し、右の火災による被害を軽減するための防火管理上の注意義務は、消防法がこれを消防計画作成等の義務として具体的に定めているが、本来は同項に定める防火対象物を使用して活動する事業主が負う一般的な注意義務であると考えられる。そして、右の事業主が株式会社である場合に右義務を負うのは、一般には会社の業務執行権限を有する代表取締役であり、取締役会ではない。すなわち、株式会社にあっては、通常は代表取締役が会社のため自らの注意義務の履行として防火管理業務の執行に当たっているものとみるべきであり、取締役会が防火管理上の注意義務の主体として代表取締役に右義務を履行させているものとみるべきではない。原判決は、被告人山内について取締役会の構成� ��の一員として消防計画の作成等に関与すべき立場にあった旨を判示するが、それが一般に取締役会が防火管理上の注意義務の主体であるとの見解の下に取締役である同被告人に右義務があることを判示した趣旨であるとすれば、失当といわざるを得ない。

 もっとも、取締役は、商法上、会社に対し、代表取締役の業務執行一般について監視し、必要があれば取締役会を通じて業務執行が適正に行われるようにする職責を有しており、会社の建物の防火管理も、右監視の対象となる業務執行に含まれるものである。

 しかしながら、前記のとおり、一般に会社の建物について防火管理上の注意義務を負うのは取締役会ではなく、代表取締役であり、代表取締役が自らの注意義務の履行として防火管理業務の執行に当たっているものであることにかんがみると、たとえ取締役が代表取締役の右業務の執行につき取締役会において問題点を指摘し、必要な措置を採るべく決議を促さなかったとしても、そのことから直ちに右取締役が防火管理上の注意義務を怠ったものということはできない。取締役としては、取締役会において代表取締役を選任し、これに適正な防火管理業務を執行することができる権限を与えた以上は、代表取締役に右業務の遂行を期待することができないなどの特別の事情のない限り、代表取締役の不適正な業務執行から生じた死� ��の結果について過失責任を問われることはないものというべきである。

 これを本件についてみると、原判決の認定によれば、本件当時の太洋の取締役は、山口亀鶴ら合計一三名であり、そのうち代表取締役社長が山口亀鶴、常務取締役が山内友記(本件につき被告人らと共に業務上過失致死傷罪で起訴されたが、第一審の公判審理中に死亡)ら五名、取締役が被告人山内ら七名であったところ、太洋においては、代表取締役の山口亀鶴が、同社の株式のほとんどを所有するいわゆるオーナー社長として、取締役の選任や従業員の人事配置について絶大な権限を有していた上、同社の経営管理業務の一切を統括掌理し、絶えず各取締役あるいは従業員に対し直接指揮、命令をするなどして同社の業務執行に当たっていたというのであり、店舗本館の防火管理についても、取締役会が特に決定権を留保してい� ��などの事実はなく、山口社長が包括的な権限を有し、これを履行する義務を負っていたものと認められる。他方、原判決の認定及び記録によっても、山口社長において適正な防火管理業務を遂行する能力に欠けていたとか、長期不在等のため右業務を遂行することができない状況にあったというような事情は認められず、実際にも、山口社長は、ほぼ毎日店舗本館内を巡視し、たばこの吸い殻を拾うなどして防火に注意し、あるいは本件当時施工中であった店舗本館の増改築に際しては、十分な防火防災設備の設置を予定していたという事情がある。

 その他本件当時の太洋の業務執行体制の実情、店舗本館の状態、被告人山内ら他の取締役が置かれていた立場など記録上明らかな本件の具体的な事情を総合しても、本件当時店舗本館の防火管理体制が不備のまま放置されていたのは、山口社長の代表取締役としての判断によるものであって、その責任は同社長にあるものとみるべきであり、本件において太洋の取締役会の構成員に過失責任を認めることを相当とする特別の事情があるとは認められない。

 したがって、原判決が被告人山内に太洋の取締役会の構成員の一員として取締役会の決議を促して消防計画の作成等をすべき注意義務があるとしたのは、誤りといわざるを得ない。

5 さらに、原判決が被告人山内に山口社長の防火管理上の注意義務の履行を促すよう同社長に直接意見を具申すべき注意義務があるとしたのも、首肯し得ない。

 すなわち、被告人山内は山口社長から防火管理者に選任されたことも、店舗本館の維持、管理について委任を受けたこともなく、また、人事部の所管業務の中に防火管理に関する業務は含まれておらず、同被告人が実質的に右業務に従事していたものでもなかったことは、第一審判決が認定するとおりであり、原判決も右認定を是認している。

 そうすると、被告人山内が取締役という地位にあったこと、社内の防火管理につき関心をもって助言や指導をしていたことなど原判決が判示する事情を考慮しても、自ら防火管理上の注意義務を負っていなかった同被告人に、山口社長に対し意見を具申すべき注意義務があったとは認められない。

6 以上のとおり、被告人山内には原判決が判示するような注意義務はなかったというべきである。したがって、その余の点について判断するまでもなく、原判決が被告人山内に過失があるとして業務上過失致死傷罪の成立を認めたのは、法令の解釈適用を誤ったものというほかはない。

三 被告人酒井の過失の有無

1 公訴事実は、被告人酒井は、店舗本館三階の売場課長、火元責任者及び自衛消防隊責任者として、受持ち区域内の火災を予防し、消火、通報及び避難の訓練を実施し、火災発生時には部下従業員を指揮して消火、通報、避難誘導などをすべき立場にあり、平素から部下従業員に対し、消火、通報及び避難の訓練を実施し、避難階段に出火延焼の原因となる商品などを置かせないようにし、また、火災発生時には直ちに部下従業員を指揮して迅速的確な初期消火を行い、適宜防火シャッターを閉鎖するなどして延焼を防止し、全館に火災の発生を通報して客らに避難の機を逸せしめない措置を採るべき注意義務があるのに、これを怠った過失がある、としている。

2 第一審判決は、(1)消防法令に照らして企業の売場課長であることから直ちに防火管理の責務は生じないし、被告人酒井が山口社長から店舗本館三階の防火管理業務につき委任を受けていたとも認められない、(2)被告人酒井は、店舗本館三階の火元責任者であったが、火元責任者の責務は火気の取締りにあり、受持ち区域内における消火等の訓練を実施し、火災発生時に部下従業員を指揮して消火等をする責務があったとは認められないし、三階の自衛消防隊責任者として防火管理業務を委託又は命令されていたとも認められない、(3)初期消火の点について、被告人酒井が第一発見者の従業員から火災発生を知らされて三階店内に延焼するまでの間に行った一連の消火活動は、当時の具体的な状況に照らして是認し得な� ��ものではなく、消火栓の使用について思い至らなかったこと、即時C号階段の防火シャッターを降ろさなかったことに過失があるとはいえない、(4)そのほか、被告人酒井にC号階段に商品などを放置させない注意義務があったとは認められないし、他の従業員が火災発生の事実を電話交換室に連絡していることなどからみて、同被告人が火災発生を全館に通報しなかったことを過失と認めることはできない旨を判示し、同被告人に過失はないとした。

3 これに対し、原判決は、被告人酒井は、店舗本館三階の売場課長及び火元責任者として、単に火気の取締りをするにとどまらず、平素から三階売場の部下従業員に対し消火、延焼防止等の訓練を実施すべき立場にあり、本件火災の発生に際しては、従業員から火災発生の知らせを受けたときに、C号階段三階の踊り場まで足を踏み入れて火災の程度を把握し、直ちにその場にいた部下従業員に対してC号階段の防火シャッターの閉鎖を命じることにより、三階店内への延焼を防止すべき注意義務があるのに、これを怠った過失により、C号階段から出火した火災を三階店内に延焼させ、三階から五階までの各階の在館者を死傷させた旨を判示し、業務上過失致死傷罪が成立するとした(六階以上の各階の在館者に関する業務上過失� ��死傷罪については、同被告人が右の注意義務を尽くしたとしてもそれらの者の死傷の結果を確実に回避できたとは認められない旨を判示し、犯罪の証明がないとした)。

4 そこで検討するのに、原判決が被告人酒井に過失があるとしたのは、是認することができない。

 被告人酒井がいかなる立場において本件の結果発生を防止する注意義務を負っていたかについてみると、同被告人は、店舗本館三階の売場課長であったが、売場課長であることから直ちに防火管理の職責を負うものとはいえない。そして、被告人酒井の売場課長としての職務の中に三階の防火管理業務が含まれていなかったことは、記録上明らかである。


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 また、被告人酒井は、店舗本館三階の火元責任者であったが、消防法令の予定する火元責任者の主な職責は、防火管理者の指導監督の下で行う火気の使用及び取扱いであり、火元責任者であるからといって、当然に受持ち区域における消火、延焼防止等の訓練を実施する職責を負うものではなく、防火管理者からその点の業務の遂行を命じられていたなどの事情がなければ、右の職責を認めることができない。

 原判決の認定によれば、太洋においては、昭和三六年一〇月付けで当時の営繕課長古閑が店舗本館の防火管理者に選任された後、各課長をその担当課の火元責任者に選任し、各階ごとの消防編成表を作成するなどした上、各火元責任者に対しその任務を周知させるなどした経緯があるというのである。しかし、記録によれば、各火元責任者は,古閑から防火管理業務の一部につきその遂行を命じられていたことが認められるものの、その範囲は各階の消防編成、火気の取締り、消火器の点検整備などにとどまり、それ以上に各階における消火、延焼防止等の訓練を実施する業務の遂行を命じられていたものとは認められない。また、被告人酒井が実際に右業務に従事していなかったことも、記録上明らかである。

 したがって、原判決が、被告人酒井について店舗本館三階の売場課長、火元責任者として、平素から三階売場の部下従業員に対し消火、延焼防止等の訓練を実施すべき立場にあった旨を判示したのは、失当というべきである。

5 しかし、被告人酒井は、自己の勤務する店舗本館三階において本件火災の発生に直面したものであるから、応急消火、延焼防止等の措置を採るべき立場にあったというべきである。

 そこで、以下、被告人酒井が右の立場において注意義務を尽くしたかどうかについて検討する。

 原判決の認定によれば、従業員が本件火災を発見してから火災が三階店内に延焼するまでの状況は、前記一の(3)の事実のほか、次のとおりである。

(1) 本件火災の第一発見者は、三階寝具売場従業員の宮崎千代子ら三名であり、その時間は午後一時二〇分ころであった。

(2)宮崎らは、三階売場でC号階段からの煙を発見し、同階段の三階踊り場に駆けつけたところ、二階から三階に通じる西南角の第三踊り場付近に炎や煙があったので、「火事」と叫ぶなどし、これを聞いた他の従業員が駆けつけて同階段の下の方を見ると、第三踊り場付近で燃えくずが飛び散るなどして燃えていた。

(3)被告人酒井は、三階呉服売場で宮崎から火災発生の知らせを受け、陳列ケース間の道路沿いに約二七メートル先のC号階段入口付近まで行って下の方を見ると、同階段に置いてあったダンボール箱一個が燃えているように見えた。

(4)そこで、被告人酒井は、付近にいた従業員に対し消火器を持ってくるように命じるとともに、三階店内への延焼を防ぐため、同階段室内のC号エレベーター前の防火シャッター付近に置いてあったダンボール箱を約九メートル先の場所まで動かし、さらに、C号階段の東側に隣接するD号階段前にあった座布団棚を移動させようとしたが、火炎が三階店内に吹き込み、同店内西側壁に沿って陳列してあった婚礼布団に燃え移ってきたので、「シャッター」と叫んでシャッターを降ろすように指示し、従業員の岡本二三男がC号階段の防火シャッターの降下ボタンを押した。

(5)右の防火シャッターは、押しボタンによる電動式、温度ヒューズ付きの開閉シャッターであり、右の温度ヒューズは、火災時に自動的にシャッターを閉鎖させるための装置で、温度が摂氏七二度ないし七五度に上昇するとヒューズが溶けてシャフトスプロケットのブレーキが外れ、スラットの自重で降下する仕組みになっていた(右シャッターは、岡本が右ボタンを押したことにより降下を始めたが、シャッターケース内の三相用開閉器のヒューズが火炎によって溶断し、電源が切れてモーターが停止したため途中で降下を停止した。その後間もなく温度ヒューズが溶けてシャフトスプロケットのブレーキが外れ、スラットの自重で再び降下を開始し、最終的には床面まで降りている)。

(6)火炎が右の婚礼布団に燃え移って三階店内に延焼した時間は、午後一時二二分ころであり、被告人酒井がC号階段入口付近でダンボール箱が燃えているのを見てから右店内延焼までの時間は、約一分であった。

 右の事実関係に基づき判断するのに、原判決が判示するとおり、被告人酒井がC号階段の火災を見た時点では、既に消火器のみによる消火は困難な状態にあったと認められるから、同被告人が宮崎から火事の知らせを受けてC号階段に駆けつけたとき、三階の踊り場手前でとどまることなく、右踊り場まで足を踏み入れて火災の程度を正確に把握した上、直ちにその場に居合わせた従業員に対しC号階段の防火シャッターの閉鎖を命じていれば、三階店内への延焼を防止することができたと認められる。したがって、事後的にみると、被告人酒井が本件火災の程度を正確に把握せずにこれを消火器で消せる程度のものと考え、直ちにC号階段の防火シャッター閉鎖の措置を採らずに従業員に消火器による消火を命じ、自らダンボール� ��を動かすなどしたのは、判断と行動を誤ったものということができる。

 しかしながら、前記認定のとおり、被告人酒井がダンボール箱が燃えているのを見てから三階店内に延焼するまでの時間は約一分しかなく、宮崎らが本件火災を発見してから右延焼までの時間も約二分しかなかったというのである。しかも、この間被告人酒井は、従業員に消火の措置を命じ、自らも延焼防止の行動を取っていたのであり、同被告人よりも先にC号階段に駆けつけ、同階段の踊り場に入って本件火災の程度を見た従業員らも、消火器で消火しようとし、あるいは付近のダンボール箱を動かすなど同被告人と同様の行動を取っていたのである。そして、記録によると、被告人酒井及び従業員らが右のような消火、延焼防止の活動をしている間に、三階C号階段室内の窓ガラスが割れて新鮮な空気が入ってきたため、防火� ��ャッターの温度ヒューズが溶けて作動する間もなく、火炎が急激な勢いで三階店内に吹き込んできたことにより、以後の応急消火、延焼防止が不可能な状態になったものと認められる。また、右の本件火災の状況に照らすと、仮に被告人酒井が三階売場の従業員に対し平素から火災に備えて延焼防止の訓練を実施していたとしても、本件火災に際し三階店内に延焼する前に確実にC号階段の防火シャッター閉鎖の措置を採ることができたものとは認め難い。

 このようにみると、被告人酒井は、当時の状況の下においてできる限りの消火、延焼防止の努力をしていたと認められるのであり、事後的な判断に立って同被告人に過失があるということはできない。

6 そのほか、被告人酒井に出火延焼の原因となる商品などを階段内に放置させない注意義務があったとは認められないこと、同被告人が火災発生の事実を全館に通報しなかったことを過失と認められないことは、第一審判決及び原判決が判示するとおりである。

 そうすると、その余の点について判断するまでもなく、原判決が被告人酒井に過失があるとして業務上過失致死傷罪の成立を認めたのは、法令の解釈適用を誤ったものというべきである。

四 被告人園田の過失の有無

1 公訴事実は、被告人園田は、太洋営繕部の課員及び店舗本館の防火管理者として、山口社長、取締役人事部長の被告人山内及び同社営繕部を統括していた常務取締役の山内友記の指揮監督を受けて、消防計画を作成し、右計画に基づく消火、通報及び避難の訓練を実施し、自動火災報知設備を設置し、店舗本館の増改築工事期間中同工事に伴い撤去された既設の非常階段に代わる避難階段を設置し、その他誘導灯、必要数の救助袋、避難はしごなどの避難設備を設置し、避難階段に出火延焼の原因となる商品などを放置させないようにすべき注意義務があるのに、これを怠った過失がある、としている。

2 第一審判決は、被告人園田は、店舗本館の防火管理者として選任届が提出されていたものであるが、防火管理者に適した地位にはなく、実質的にも防火管理業務の権限を与えられてその業務に従事していたともいえず、消防署との窓口的な役割を果たしていたにすぎないものであって、消防計画を作成し、これに基づく消火等の訓練を実施するなど公訴事実にいうような注意義務を負う立場にはなかった旨を判示し、同被告人に過失はないとした。

3 これに対し、原判決は、被告人園田は、店舗本館の防火管理者として、消防計画案とこれに基づく避難誘導等の訓練の実施に関するりん議書を起案し、これを山口社長らの決裁に回すことにより、消防計画を作成し、これに基づく避難誘導等の訓練を実施すべき注意義務があるのに、これを怠った過失により本件死傷の結果を招来した旨を判示し、業務上過失致死傷罪が成立するとした。

4 そこで検討するのに、原判決が被告人園田に過失があるとしたのも、是認することができない。

 すなわち、被告人園田については、前記一の(5)のとおり、同被告人を店舗本館の防火管理者とする山口社長名義の選任届が昭和四七年一二月付けで熊本市消防長あてに提出されていたものであるが、原判決の認定及び記録によれば、更に次の事実が認められる。

(1) 被告人園田は、昭和四五年八月に太洋に採用され、同年一一月中旬ころ以降、営繕部営繕課の課員として勤務し、主に建物の修理、維持及び管理に関する仕事をしていたものであるが、その指揮監督下にある従業員は一人もいなかった。

(2)太洋では、防火管理者であった営繕部長の古閑が同年八月に同社を退職した後も、後任の防火管理者が選任されないまま放置されていたことから、所轄消防署や熊本市消防局から防火管理者の選任及び解任の届出をするよう指摘を受けた。そこで、人事課長代理の吉田行範と人事部長の被告人山内が相談の上、元熊本市消防局次長兼総務課長で太洋の渉外部長であった坂本を防火管理者に選任すべく交渉したが、同人から断られたので、山口社長の指示により被告人園田を選任することとし、同被告人を店舗本館の防火管理者とする選任届が提出された。

(3)被告人園田は、右選任届が提出された直後ころに出席した防火管理者理事会で、消防法施行令の改正により防火管理者の社内的地位、権限に関する資格が厳しく定められることの説明を受け、被告人山内に対し自己が防火管理者にふさわしい社内的地位にないことを上申したが、何らの措置も採られなかった。

(4)被告人園田は、その後本件火災までの間、市役所建築指導課や所轄消防署の消防に関する検査の立会い、消防署から配付された印刷物の回覧や掲示、消火器の点検や消火剤の詰め替え、消防署との連絡や打合せなどの防火管理に関する業務をしていたが、そのほとんどは上司の営繕課長と相談し、あるいは被告人山内の指示を抑ぐなどしてしたものであり、独自の判断ですることができたのは、消火器の点検や消火剤の詰め替え程度のことであった。

 右の事実関係に基づき、被告人園田が店舗本館の防火管理者として消防計画を作成し、これに基づく避難誘導等の訓練を実施すべき注意義務を負っていたかどうかについて判断する。消防法施行令は、同法に定める防火管理者の資格として、所定の講習課程を修了したことなどのほか、「当該防火対象物において防火管理上必要な業務を適切に遂行することができる管理的又は監督的な地位にあるもの」という要件を定めているところ、右の管理的又は監督的な地位にあるものとは、その者が企業組織内において一般的に管理的又は監督的な地位にあるだけでなく、更に当該防火対象物における防火管理上必要な業務を適切に遂行することができる権限を有する地位にあるものをいう趣旨と解される。しかし、前記の事実関係に照ら� ��、被告人園田がそのような地位にあったとは認められず、消防計画を作成し、これに基づく避難誘導等の訓練を実施するための具体的な権限を与えられていたとも認められない。

 もっとも、防火管理者が企業組織内において消防法に定める防火管理業務をすべて自己の判断のみで実行することができる地位、権限を有することまでは必要でなく、必要があれば管理権原者の指示を求め、あるいは組織内で関係を有する所管部門の協力を得るなどして業務を遂行することが消防法上予定されているものと考えられる。しかしながら、前記の事実関係に徴すると、被告人園田が消防計画の作成等の主要な防火管理業務を遂行するためには、山口社長や常務取締役らに対し、すべてそれらの者の職務権限の発動を求めるほかはなかったと認められるのであり、このような地位にしかなかった同被告人に防火管理者としての責任を問うことはできない。

 したがって、原判決が被告人園田について店舗本館の防火管理者として山口社長らにりん議を上げることにより消防計画を作成し、これに基づく避難誘導等の訓練を実施すべき注意義務があるとしたのは、誤りというべきである。

5 なお、被告人園田は、ともかくも山口社長により店舗本館の防火管理者として選任及び届出がされ、実際にも、前記認定のとおり、一定範囲の防火管理の業務に従事していたものであるので、なおその立場において尽くすべき注業義務があったかどうかについても検討する。

 前記の事実関係から明らかなように、山口社長ら太洋の上層部の者は、被告人園田が防火管理者に適した地位、権限のないことを十分認識しながら、同被告人を防火管理者に選任し、さらに、同被告人から上申があった後も何らの措置を採ることなく放置していたものであるから、同被告人において、山口社長に対し自己に防火管理業務を遂行するのに必要な権限の委譲を求め、あるいは他に適切な地位、権限を有する者を防火管理者に選任するように進言するなどの注意義務はなかったというべきである。


 また、被告人園田は、前記事実のとおり、防火管理者として選任及び届出がされてから本件火災までの間、消防に関する検査の立会い、消火器の点検、消火剤の詰め替え、消防署との連絡や打合せなどの業務を行っていたものであり、同被告人においてすることができる範囲の業務はこれを遂行していたものと認められるから、この点からみても、同被告人に注意義務違反はなかったというべきである。

6 そのほか、被告人園田に自動火災報知設備等の消防用設備を設置し、あるいは避難階段に商品を放置させないようにする注意義務があったとは認められないことは、原判決が判示するとおりである。

 以上によれば、被告人園田には原判決が判示するような注意義務はなく、他に注意義務違反があったとも認められない。したがって、その余の点について判断するまでもなく、原判決が被告人園田に過失があるとして業務上過失致死傷罪の成立を認めたのは、法令の解釈適用を誤ったものというべきである。

五 結論

 以上のとおり、被告人三名について業務上過失致死傷罪の成立を認めた原判決には判決に影響を及ぼすべき法令違反があり、これを破棄しなければ著しく正義に反するものと認められる。そして、本件については、既に第一、二審において必要と思われる審理は尽くされているので、当審において自判するのが相当である。

業務上過失致死傷被告事件

<平成二年一一月二九日第一小法廷決定>

一 本件事件の概要

原判決の認定によれば、次の事実が認められる。

(1) 本件ビルは、ドリーム観光株式会社が所有・管理する地下一階、地上七階、塔屋三階建の建物(延床面積二万七五一四・六四平方メートル。屋上を含む)であり、同社が直営する店舗と同社からの賃借人(いわゆる「テナント」)が経営する店舗とが混在する雑居ビルであって、同社が六階以下を「千日デパート」として使用し、同社の子会社である千土地観光株式会社がドリーム観光から七階(床面積一七八〇平方メートル)の大部分を賃借して、キャバレー「プレイタウン」を経営していた。

(2) ドリーム観光とテナントとの間の賃貸借契約等によれば、テナント側の当直は禁じられ、ドリーム観光が営業時間外のテナントの売場設置及び商品の警備を含む防火、防犯に関する業務を行うこととされ、右業務は、ドリーム観光の千日デパート管理部が担当していた。

(3) 被告人中村は、同管理部管理課長として、本件ビルの維持管理を統括する同管理部次長宮田聞五(第一審相被告人、第一審当時死亡)を補佐する立場にあるとともに、「千日デパート」の消防法に規定する防火管理者の地位にあった。

(4) 被告人桑原は、右千土地観光株式会社の代表取締役であって、「プレイタウン」の同項に規定する「管理について権原を有する者」(管理権原者)に当たり、被告人高木は、「プレイタウン」の支配人であって、同店の防火管理者の地位にあった。

(5) 「千日デパート」の各売場は、午後九時に閉店し、その後は多量の可燃物が置かれた各売場には従業員は全く不在になり、通常、千日デパート管理部保安係員の五名のみで防火、防犯等の保安管理に当たっており、七階の「プレイタウン」だけが午後一一時まで営業し、多数の従業員や客が在店しているという状況にあった。

(6) 「千日デパート」の各売場内には防火区画シャッター及び防火扉(防火区画シャッター等)が設置されていたが、これらは閉店後閉鎖されておらず、また、その六階以下の全館に一斉通報のできる防災アンプが設置されていたが、七階の「プレイタウン」に通報する設備はなく、午後九時以降は一階の保安室から外線によって電話をする以外に同店に連絡する方法はなかった。

(7) 本件ビルの構造上、「プレイタウン」のある七階より下の階から出火した場合、「千日デパート」の各売場から完全に遮断された安全な避難階段は、七階南側の「プレイタウン」専用エレベーター脇のクローク奥にある、平素は従業員が使用していた階段(別紙図面のB階段。以下、階段の符号は同図面による。)のみであったが、同階段を利用しての避難誘導訓練はもとより、階下からの出火を想定した訓練は一切行われていなかった。

(8) 「プレイタウン」に設置されている救助袋は一個であり、それも一部破損しており、また、これを利用した避難訓練も行われていなかった。

(9) このような状況の下で、昭和四七年五月一三日午後一〇二五分ころ、当時本件ビル三階(床面積三六六五平方メートル)の大部分を賃借していた株式会社ニチイから電気工事を請け負っていた業者の従業員らが同階売場内で工事をしていた際に、その原因は不明であるが、本件火災が同階東側の右ニチイ寝具売場から発生し、二階ないし四階はほぼ全焼した上、火災の拡大による多量の煙が、「プレイタウン」専用の南側エレベーターの昇降路、E階段、F階段及び本件ビル北側の換気ダクトを通って上昇し、七階の「プレイタウン」店内に流入した。

(10) 当夜本件ビルの宿直勤務についていた保安係員は、欠勤者が一名出たため、四名であったが、火煙の勢いが激しかったため、消火作業をすることができないまま全員避難せざるを得なかった。その際、保安係員らは、いずれも「プレイタウン」に電話で火災の発生を通報することを全く失念しており、右通報をした者はいなかった。

(11) 被告人高木は、右換気ダクトや南側エレベーターの七階乗降口から煙が流入してきた初期の段階で、従業員らを指揮し、客等を誘導して安全なB階段から避難させる機会があったのに、これを失し、また、救助袋が地上に投下されたのに、従業員が救助袋の入口を開ける方法を知らなかったため、結局それを利用することができなかった。

(12) 本件火災の結果、一酸化炭素中毒や救助袋の外側を滑り降りる途中の転落等により、客及び従業員一一八名が死亡し、四二名が傷害を負った。

二 被告人中村の過失について

1 原判決は、本件火災の拡大を防止するためには、「千日デパート」閉店後は本件ビル一階ないし四階の各売場内の防火区画シャッター等のうち、三階の自動降下式の防火区画シャッター四枚を除く、その余の全部の防火区画シャッター等を閉め、工事が行われている場合は、その工事との関係で最小限開けておく必要のある防火区画シャッター等のみを開け、保安係員を立ち会わせ、開けたものについてはいつでも閉めることができるような体制を整えておくべきであり、被告人中村が右義務を履行できなかったような事情は認められないとして、その過失責任を肯定した。

2 所論は、ドリーム観光としては、防火区画シャッター等は、本来、火災の発生時に閉鎖できるようにしておけばよいのであって、閉店後に全部の防火区画シャッター等を閉鎖すべき法令上の根拠はなく、また、工事の際の立会いについても、工事をするテナント側で立会いを付けるべきであって、千日デパート管理部の保安係員を立ち会わせるべき義務はない旨主張する。

3 そこで、検討するに、閉店後の「千日デパート」内で火災が発生した場合、前記一(5)の状況の下では、容易にそれが拡大するおそれがあったから、ドリーム観光としては、火災の拡大を防止するため、法令上の規定の有無を問わず、可能な限り種々の措置を講ずべき注意義務があったことは、明らかである。そして、そのための一つの措置として、平素から防火区画シャッター等を全面的に閉鎖することも十分考えられるところであるが、本件火災に限定して考えると、当夜工事の行われていた本件ビル三階の防火区画シャッター等(自動降下式のものを除く防火区画シャッター一一枚及び防火扉二箇所)のうち、工事のため最小限開けておく必要のある南端の二枚の防火区画シャッターを除く、その余の全部の防火区画シャ� ��ター等を閉め、保安係員又はこれに代わる者を工事に立ち会わせ、出火に際して直ちに出火場所側の南端東側の防火区画シャッター一枚を閉める措置を講じさせるとともに、「プレイタウン」側に火災発生を連絡する体制を採っておきさえすれば、煙は、東西を区画する東側の防火区画シャッターによって区画された部分にほぼ封じ込められるため、ほとんど「プレイタウン」専用の南側エレベーターの昇降路からのみ上昇することになり、全面的な閉鎖の措置を採った場合と同様、「プレイタウン」への煙の流入を減少させることができたはずであり、保安係員又はこれに代わる者から一階の保安室を経由して「プレイタウン」側に火災発生の連絡がされることとあいまって、同店の客及び従業員を避難させることができたと認められ� �のである。そうすると、ドリーム観光としては、少なくとも右の限度において、注意義務を負っていたというべきであり、このことは、原判決も肯定しているところと解される。

4 そうであれば、ドリーム観光の千日デパート管理部管理課長であり、かつ、「千日デパート」の防火管理者である被告人中村としては、自らの権限により、あるいは上司である管理部次長の宮田聞五の指示を求め、工事が行われる本件ビル三階の防火区画シャッター等を可能な範囲で閉鎖し、保安係員又はこれに代わる者を立ち会わせる措置を採るべき注意義務を履行すべき立場にあったというべきであり、右義務に違反し、本件結果を招来した被告人中村には過失責任がある。

三 被告人高木の過失について

1 原判決は、被告人高木において、「プレイタウン」の防火管理者として、平素から救助袋の維持管理に努め、従業員を指揮して客等に対する避難誘導訓練を実施し、煙が侵入した場合、速やかに従業員をして客等を前記B階段に誘導し、あるいは救助袋を利用して避難させることにより、客等の避難の遅延による事故の発生を未然に防止すべき注意義務があったとする。

2 所論は、本件の前年の七月に一回行われた消防訓練の際にも、消防当局の係員からは、B階段からの避難が最も安全であるという指導はなく、それに沿う訓練も指示されていないし、被告人高木としては火の気のない六階以下からの出火を日常絶えず心配している必要はない旨主張する。

3 そこで、検討するに、原判決の判示するように、被告人高木において、あらかじめ階下からの出火を想定し、避難のための適切な経路の点検を行ってさえいれば、B階段が安全確実に地上に避難することができる唯一の通路であるとの結論に到達することは十分可能であったと認められる。そして、被告人高木は、建物の高層部で多数の遊興客等を扱う「プレイタウン」の防火管理者として、本件ビルの階下において火災が発生した場合、適切に客等を避難誘導できるように、平素から避難誘導訓練を実施しておくべき注意義務を負っていたというべきである。したがって、保安係員らがいずれも「プレイタウン」に火災の発生を通報することを全く失念していたという事情を考慮しても、右注意義務を怠った被告人高木の過失は� ��らかである。

四 被告人桑原の過失について

1 原判決は、被告人桑原についても、「プレイタウン」の管理権原者として、防火管理者である被告人高木ともども、前記三1の注意義務があったとする。

2 所論は、被告人高木についてB階段を利用した避難誘導訓練をしておくべき注意義務はないから、被告人桑原についても、右の点の注意義務は認められない旨主張する。

3 そこで、検討するに、被告人高木には、前述のとおり、避難誘導訓練をしておくべき注意義務があったと認められるところ、被告人桑原は、救助袋の修理又は取替えが放置されていたことなどから、適切な避難誘導訓練が平素から十分に実施されていないことを知っていたにもかかわらず、管理権原者として、防火管理者である被告人高木が右の防火管理業務を適切に実施しているかどうかを具体的に監督すべき注意義務を果たしていなかったのであるから、この点の被告人桑原の過失は明らかである。

業務上過失致死傷被告事件(森永事件)

<最高裁昭44・2・27一小法廷判決>

検察官が、本件における訴因として裁判所の審判を求めている過失の内容は、牛乳に混和使用する第二燐酸ソーダの注文にあたっては、局方品、試薬などの成分規格の明らかなものを指定するか、仕入経路等を調査し、分析表を添付させるなどして、人体に有害な粗悪品の入荷を防止しなければならないのに、なんらこれらの措置をとらず、漫然と、第二燐酸ソーダとのみ言って含有物質の種類、分量等の明確でない工業用薬品を注文したこと、および右注文によって入荷された薬品は成分規格が明確にされていないから、これに人体に有害な物が含まれていないか否かについて、厳密な化学検査をしなければならないのに、それをすることなく、そのまま牛乳に混和使用したことを中核とするものであって、このことは、第一、二審� ��通じて変わりのないところであり、原判決には審判の請求を受けない事件について判決をした違法はない。

上告趣意のうち、判例違反をいう点は、原判決は、死傷の結果の発生について予見可能性が不要だと判示しているのではなく、ドライミルク製造の過程で、砒素含有率〇・〇三%以上の第二燐酸ソーダを所定割合で原乳に添加すれば死傷の結果が当然発生する関係にある本件において、単に第二燐酸ソーダという注文によっては、右砒素含有率の高い薬品がまぎれ込む危険の予見可能性があることを判示したものであって、所論引用の判例に相反する判断をしているわけではないから、理由がなく、その余は、単なる法令違反、事実誤認の主張であり、同第二点のうち、判例違反をいう点は、原判決は、薬品についても、標示されたところと内容物とが異なる場合があることや、注文した物と異なる物が売られるおそれがあることを明� ��かにするために、参考として所論の判例を引用しているに過ぎないもので、なんらこれと相反する判断をしたものではなく、その余は、事実誤認の主張であり、同第三、第四点は、いずれも単なる法令違反、事実誤認の主張であって、すべて上告適法の理由にあたらない。

 

 

 

 



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